Story
考えすぎる私でも、感じることはできる?
催眠中も「これで合ってる?」と考え続け、深く入れている感覚を持てなかった。それでも身体へ注意を戻すうちに、最初に強かった恥ずかしさや身体感覚に変化を感じた女性の体験談。
公開日
考えすぎる私でも、感じることはできる?
深く催眠に入れなくても、分かったこと。
私はたぶん、
考えすぎるタイプです。
催眠が始まっても、
「これで合ってる?」
「今、催眠に入ってる?」
「普通に考えられるけど大丈夫?」
と、自分をずっと観察していました。
催眠に入ろうとするほど、“入れているかどうか”を考えてしまう。
そんな感じでした。
「考えないようにしよう」が、また考えることになる。
何も考えない方が催眠に入りやすいのかな。
そう思って、
考えないようにしようとしました。
でも、
「また考えてる」
と気づく。
今度は、
「考えないようにしないと」
と考える。
これでは終わりません。
理性を消すのではなく、身体にも注意を向けてみる。
私の場合は、
考えていることに気づいたら、
呼吸へ。
身体へ。
感覚へ。
少し注意を戻す。
また考えたら、また戻る。
その方がしっくりきました。
理性をなくす必要はなかったんだ
と思いました。
恥ずかしさもあった。
催眠だけではなく、
性的な感覚について話すこと自体にも恥ずかしさがありました。
自分がどう見えているんだろう。
変な反応をしたらどう思われるんだろう。
そんなことも考えていました。
でも体験が進むにつれて、
自分がどう見えているかより、自分が何を感じているのか
の方が少しずつ気になってきました。
深く入れなかった = 何も起きなかった、ではなかった。
終わったあとも、
「ものすごく深い催眠に入った」
とは思いませんでした。
でも、
最初に強かった恥ずかしさは小さくなっていました。
身体へ注意を向ける時間もありました。
普段とは少し違うことも分かりました。
だから、
深く入れなかった = 何も起きなかった
ではないんだと思いました。
私に必要だったのは、理性をなくすことではなかった。
考える自分がいる。
それでもいい。
考えていることに気づいて、
また身体へ戻る。
私には、その方が合っていました。
催眠に向いているかどうかを、
「何も考えなくなれるか」
だけで決めなくてもいいのだと思います。
次に読むなら
これは一人の体験です。催眠への反応や身体感覚には個人差があります。