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考えすぎる女性は、催眠に向いていない?

催眠中も「これで合ってる?」「普通に考えられる」と意識してしまう。考えすぎる人は催眠に向いていないのか。思考を消すのではなく、身体にも注意を向けるというNOYUAの考え方を紹介します。

「私、たぶん催眠にはかからないと思います」

理由を聞くと、

「ずっと頭の中で考えてしまうから」

ということがあります。

催眠に入っている最中にも、

「今のは催眠?」

「普通に考えられるけど大丈夫?」

「ちゃんとできている?」

と、自分を観察してしまう。

だから、

「考えすぎる私は、催眠には向いていない」

と思う。

でも、私は必ずしもそうは考えていません。


「何も考えない」が催眠のゴールではない。

催眠に入るためには、

頭を空っぽにする。

理性をなくす。

何も考えなくなる。

そんな状態にならなければいけないと思っている人がいます。

でも、このセッションで目指しているのはそれではありません。

考えている自分がいてもいい。

大切なのは、

注意をどこへ向けているか。

です。


頭の中に注意が集まりすぎている。

仕事をしているとき。

誰かと話しているとき。

予定を考えているとき。

私たちは頭の中でたくさんのことを処理しています。

性的な場面でも同じです。

「相手はどう思っている?」

「私はちゃんと反応している?」

「次は何が起きる?」

「そろそろ感じなきゃ」

考え始めると、身体を感じながら、同時に自分を評価しています。

すると、身体で起きている小さな変化より、

“自分を観察している頭”

の方が大きくなることがあります。


考えるのをやめるのではなく、注意を戻す。

そこで、

「考えないようにしよう」

とすると、今度は、

「また考えてしまった」

と考えます。

だから、思考を消そうとはしません。

別のことを考えていることに気づいたら、

呼吸。

身体の重さ。

触れた感覚。

身体の内側。

想像したときの変化。

へ、また注意を戻してみる。

しばらくすると、また考える。

気づいたら戻す。

それで構いません。


「深く入れなかった」体験もある。

実際に、催眠中も意識しすぎて、

「私はあまり深く入れなかった」

と感じた体験者もいます。

でも、その人にとって体験が無意味だったわけではありませんでした。

説明を聞いたことで気持ちが楽になり、最初に強く感じていた恥ずかしさも小さくなった。

帰るころには、すっきりした感覚があったと話しています。

つまり、

催眠の深さだけで、体験の価値を決めなくてもいい。

という一つの例です。


疑っていてもいい。

私は、

「催眠を信じてください」

とは思っていません。

「本当に?」

と思ってもいい。

仕組みを知りたくてもいい。

説明に納得できなければ、体験しなくてもいい。

むしろ、

理解したうえで、自分で試してみたいと思えること

の方が大切です。


考える力は、そのままでいい。

知りたい。

理解したい。

自分で確かめたい。

そういう人だからこそ、

「私の場合はどうなるんだろう?」

という探究を楽しめることがあります。

理性をなくす必要はありません。

考える自分を残したまま、感じる自分にも少し注意を向けてみる。

それが、このセッションで試していることの一つです。

身体感覚や催眠への反応には個人差があります。